2008年06月13日
6月のネオキの会!
久しぶりのブログ更新です。
空梅雨模様の沖縄ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
さてさて、6月のネオキの会のご案内をいたします。
今月はライターの山城紀子さんを講師に迎え、
「沖縄の福祉はどうなってるば~??」
を題目にお話いただきます。
=紹介=
山城紀子
沖縄県那覇市生まれ.1974年沖縄タイムス入社.
学芸部・社会部記者,学芸部長などを経て退社。現在、フリーライターとして活躍中。
担当した主な連載記事は「社会の谷間に――赤ちゃん置き去りの背景」,「医療過誤訴訟の周辺」,「共生社会を拓く」,「今なお癒えず――証言する元『慰安婦』たち」など.
1998年に連載「共生社会を拓く」で新聞労連大賞優秀賞,同年著書「心病んでも」で平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞,2002年に連載「医の今」でファルマシア医学記事賞受賞.
著書:『老いをみる――在宅福祉の現場から』,『心病んでも――あたりまえに向かって』(以上,ニライ社)
岩波書店HP(http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0019310/top.html)より抜粋
日程等は以下の通りです。
日程 : 6月29日(日)
時間 : 14時から2時間程度
場所 : 宜野湾市内(参加希望者のみにお知らせいたします)
参加希望の方は下記の内容を記入の上、
neokinokai★yahoo.co.jp(★を@にしてね)までご連絡ください。
お名前
メールアドレス
参加人数
ネオキの会参加(済/未加入)
一言コメント
たくさんのご参加をお待ちしてまーす
空梅雨模様の沖縄ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
さてさて、6月のネオキの会のご案内をいたします。
今月はライターの山城紀子さんを講師に迎え、
「沖縄の福祉はどうなってるば~??」
を題目にお話いただきます。
=紹介=
山城紀子
沖縄県那覇市生まれ.1974年沖縄タイムス入社.
学芸部・社会部記者,学芸部長などを経て退社。現在、フリーライターとして活躍中。
担当した主な連載記事は「社会の谷間に――赤ちゃん置き去りの背景」,「医療過誤訴訟の周辺」,「共生社会を拓く」,「今なお癒えず――証言する元『慰安婦』たち」など.
1998年に連載「共生社会を拓く」で新聞労連大賞優秀賞,同年著書「心病んでも」で平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞,2002年に連載「医の今」でファルマシア医学記事賞受賞.
著書:『老いをみる――在宅福祉の現場から』,『心病んでも――あたりまえに向かって』(以上,ニライ社)
岩波書店HP(http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0019310/top.html)より抜粋
日程等は以下の通りです。
日程 : 6月29日(日)
時間 : 14時から2時間程度
場所 : 宜野湾市内(参加希望者のみにお知らせいたします)参加希望の方は下記の内容を記入の上、
neokinokai★yahoo.co.jp(★を@にしてね)までご連絡ください。
お名前
メールアドレス
参加人数
ネオキの会参加(済/未加入)
一言コメントたくさんのご参加をお待ちしてまーす
2008年05月08日
砂辺ウォーク報告
ネオキの会5月例会「5・6砂辺ウオーク」報告
5月の例会はGW最終日の6日、外国人向け住宅が急増している北谷町砂辺区を見てみようという企画として行われました。
前回3月にも嘉手納基地から砂辺にかけて歩いたわけですが、あらためて砂辺を集中的に見て回ることで、民間地域に軍人・軍属の家族住宅が乱立することが地域にどんな変化をもたらしているのかをじっくり考えてみたいという狙いです。
午後2時、砂辺公民館に集合した参加者は、子どもを含め24人。
砂辺区自治会長の松田正二さんの案内でウオーク開始です。
住居表示の上では砂辺地区の隣となる浜川地区と、宮城地区の一部も砂辺区自治会の範囲にあたり、この中に「日本人」の住民900世帯余りが暮らしているそうです。
町が4月に公表した独自調査の結果では、砂辺区の外国人向け住宅は約600戸。
松田さんによると現在新たに300戸前後が建設中・建設予定で、じきに「日本人」住民と「外国人」住民の数が拮抗する日が来るのではないかといいます。
昨年3月、米軍属の家族の少年がマンションから通行人を空気銃で狙撃する事件が起きた現場を通り過ぎます。さらに進んで浜川地区へ。
コンクリート建て平屋で、かつて外国人向け住宅だった名残をハウスナンバーに残す家屋が並んでいますが、今は主に沖縄の住民が住んでいます。
そこから宮城地区の海岸沿いを北上。最初のうちは築年数の比較的古そうな外国人向けマンションが並んでいました。駐車している車は「Yナンバー」だけではなく、ダイビングショップや居酒屋、ゲストハウスなども入っているところをみると、この辺は日米混在みたいな状況なのかと思います。

美味しいと名高いそば屋「浜屋」を過ぎた辺りから、マンションが新しく、かつ大きくなってきました。下駄ばきの駐車場に停めてある車も、もっぱら「Yナンバー」ばかりです。
松田さんが知る範囲で最も高い家賃は、1フロアで月43万円。たしかに、駐車場の仕切りを見ると、1フロアに1室ないし2室というつくり方がかなりあります。
海岸を離れ、住宅地内へ入ってゆくと、庭付き3階の戸建の列、さらには庭付き4階の戸建の列が並んでいます。米国の暦では6日は平日のため、住宅の周辺に人はまばらでしたが、それでも親子連れなど何人かの外国人と思われる住民がいました。

「Looking for a single house? Give us a call(戸建住宅をお探し?お電話ください)」と書かれた不動産業者の看板もあります。手広く外国人向け住宅を扱っている別の不動産業者の車ともすれ違いました。連絡先を記している不動産業者の大方は、北谷町内を中心とした中部に事務所を置いている業者です。
戸建の住宅街はまだ続きます。中には、玄関先に住所を表示する際、「Seaside Avenue○○(何番地)」のように通りの名前までつけてしまっている一角もあります。「これで郵便も届くはず」と松田さん。最近、「Yナンバー」車の車庫登録がほとんどされていないことが新聞紙上などで問題化していますが、やはり路上駐車している「Yナンバー」車があります。

そこから砂辺地区の北側にある馬場公園へ。
公園の前には、砂辺区自治会が設置した「砂辺区にもう基地外基地はいりません No More Sunabe Airbase」の看板が掲げられています。
親子連れが大勢遊んでいる公園の斜め向かいには、カーモーテルがあります。つくる時点での地元への説明は「ビジネスホテル」だったそうです。かつて婦女暴行的な事件が起きたともいいます。
馬場公園のはずれには、沖縄戦で米軍の上陸地点となったことを記すモニュメントがあります。
「この一帯から読谷にかけてが上陸地点だった。海がすべて船、軍艦で埋まっていたそうです」と松田さん。
沖縄を攻略する起点となった場所に、戦後60年以上を経て、新たにキャンプ(野営地)がつくられている感があります。振り向くと、民謡「砂辺の浜」にも歌われた風光明媚な砂辺ビーチで、大潮のこの日は多くの親子連れがイノーに繰り出していました。
浜の真ん前に、8階建ての外国人向けマンション2棟ができています。ほぼ完成した状態で、6月には募集・入居が始まるそうです。125世帯が入れる2棟のマンションの後方には、戸建の外国人向け住宅152戸の建設が計画されています。工事現場の前に小さく張られていた告知文を見つけて、先月なぜか美浜で開かれた「説明会」に参加できたのは、松田さんと共産党町議と県外のカメラマンの3人だけだといいます。

「ここが全部できれば、朝の出勤時には新たに277台の車が地区内を通過することになり、激しい渋滞が起きる。開発にあたっての環境調査もしておらず、排水がどこにながれるのか不明。区民憩いの浜辺が軍人・軍属の家族用のプライベートビーチになってしまう」と松田さん。
「夜中にパーティーをやって騒ぐ外国人もいる。米軍は文化の違いを教育していない。彼らはけっして良い隣人ではない。悪しき隣人です」と語る松田さんの後ろを、犬を連れた外国人の親子連れが通り過ぎていきます。すれ違うことはあっても、交わることのない関係が、狭い地区の中に並存している状況。交われば改善するわけでもないところが、問題をより難しくしています。
ウオークの間中、かなりの頻度で米軍機が上空を飛んでいましたが、砂辺ビーチに着いた頃がちょうど夕方の帰還の時刻だったため、F15と思われる戦闘機や輸送機が数分おきに着陸態勢に入り、低空で向かってきます。
潮が引いたイノーを嘉手納基地の誘導灯近くまで歩き、公民館に戻る道すがら、爆音に耐えかねて立ち退いた住宅の跡地が点在する様子に、砂辺での生活の過酷さを思いました。
公民館に戻って、もう少し松田さんの話を聞きました。
「爆音から逃れようと土地を売って地区を出ていく住民の心情には本当に切ないものがある。
親の代からの土地であっても嫁や子どもたちが耐えられなければ、出て行かざるをえない。
住み続けるには慣れないといけないが、慣れるというのは病気になることでもある。
県内でも最も爆音が激しい砂辺からは、実は爆音への苦情が少ない。
何十年の間に慣らされてしまっている。言っても変わらないと思っている。風土病のようなものだ。
その分だけ、国も県も砂辺のことを顧みなくて済む。忍耐、我慢の繰り返し。それを脱皮するには、
ものを言わないと始まらない。まず動くことが大切だ。区が動けば町が動く、三連協が動く、県が動く。
まず一歩を踏み出すことだ。基地反対運動とは言っていない。イデオロギーで言っているのでもない。
権利を主張しているだけだ」
「基地外住宅の住人は、区費も払わない。チリを出す費用も町負担だ。本当にひどすぎる。
今後さらに基地外住宅が増えていけば、砂辺区民が巻き込まれる事件や事故が必ず起きる。
公害であることははっきりしているのに、誰もはっきり言わない。
昔からの外国人向け住宅の家主や業者にとっても、実は現在の急増はマイナス。
基地外に住むアメリカ人は、古い家よりは新しい家に入りたがるわけだから死活問題のはずだ」
ウオーク終了後、和風喫茶「宇」に場所を移して、懇親会をしました。
発言の流れに沿って、ごく簡単に再現すると、以下のような感じです。
「米軍には軍人向けと軍属向けの大きく2本立てで住宅手当の制度がある。
沖縄の軍属向けの住宅手当は、2000年代に入って異常に高くなった。
米国防総省と米国務省の予算で在日米軍の基地外居住用に年間200億円から300億円は出ていないといけない計算になるが、果たして出ているのか。
出ていないとすれば、思いやり予算などから流用している可能性がある」
「松田さんの話で、(住民が爆音に)慣らされている、というのが印象的だった。
そういう状況をどうしたらいいのか」
「20年ほど前に外国人向け住宅を借りたときは、安くて広いというイメージだった。
それが、すごく贅沢なものに変わって急増している。慣れ親しんでいるつもりでいた沖縄の地域が、
どうしてこんなに別のものに変わってしまったのかということに、猛烈な違和感がある」
「参加できてうれしい。沖縄がこんなに変わっているんだ、と衝撃を受けた。
外国に来たのかと勘違いした。戸惑った」
「あそこに住んでいるアメリカ人たちに、沖縄の人たちがこの事態をどう考えているのかということが通じていないのではないかと感じた」
「外国人向け住宅がこれほど増えている実態を知らない人が多いのではないか。
あきらめたら終わりと実感した」
「地元では不動産業者も含め、住宅手当は思いやり予算から出ているというのが共通認識。
政府の答弁とギャップがある」
「民間地域が米軍に侵食されている感じがした。異様な空気だと思った」
「私が話を聞いた人たちは業者を含めてみな、住宅手当は思いやりから予算出ていると断言している。
これほど高額の住宅手当の出所は、沖縄の人間がもっと追及しなければいけない。
不動産を扱っている業者自身が、これほどの贅沢はおかしいと言っていた。
疑問を持っている人は当事者にもいる。議会も動かして追及すべきだ」
「地域が歪んできていることが怖い。文化の違いが大きい。
アメリカ人の文化が砂辺の文化を侵食していることの問題が大きいと思った。
2月の女性集会で、高里鈴代さんが『基地の液状化』という表現をしたが、たしかに目に見えるものだけでなく、
私たちの精神が米軍と基地に蝕まれてきているのではないか、と感じている。
そういう問題は、訴えにくいけれど、私なんかはそれに一番危機感を持つ。
どう伝えていいのか分からないけれど、表現の仕方を探してゆきたい」
「一番感じたのは、怖いなあ、ということ。マンションができたら、あの海はどうなるのか。
松田さんは彼らがドンちゃん騒ぎをするのではと言っていたが。
沖縄であって沖縄でないような恐怖感でいっぱいでした。
そういう環境になっていきそうな沖縄を見たのが、怖かった」
「ペンションみたいな建物がいっぱい並んでいて驚いた。
あれが本当に必要なのかと疑問に思った」
「去年、初めて砂辺に来てみて衝撃を受けた。
ネオキの会のようなものがあったらいいなあと思っていたので参加した」
「松田さんから話を聞いて、地元の苦悩はこれほどかと改めて知った。
もっと知らせていかないといけない。
沖縄がどういう状況になっているのか、どうしたらいいのか関心があるけれども、
いろいろな運動なんかには参加したことのない人たちのために、ネオキの会が『玄関』になれればいいと思っている」
「『基地の液状化』という話が出たが、目先のお金に飛びついてしまうという最近のあり方は、いつからそうなったのか。
本来は沖縄の人はそうではなかったはず。というのは母がいつも言っていた」
「基地外住宅の急増が5~6年前からだという。そうすると、9・11の後に増えているということ。
うがって見れば、米国内でも若者が兵隊になりたがらないで困っているので、戦地に送るために、その前に沖縄に来る魅力として、豪華な住宅をおいしい材料として与えるという発想があるのではないか。
住宅手当を誰が引き上げたのかを追及すべきだ。不動産業者の側が値段を上げたのが先なのか、政治が先に手当を上げたのか。
私は米兵が悪いわけでも不動産業者が悪いわけでもなくて、制度そのものに問題があると思っている」
「思いやり予算で米軍に厚遇しているなどという話も、私の世代では身近な問題としてとらえられない傾向があるように感じる。
なんとなく軍隊は前からそこにいるし、米軍がいるから経済も成り立つみたいに素朴に考えて終わってしまう、みたいな」
「海兵隊のグアム移転で、1戸7000万円の住宅をつくると。
私なんかは、なんだそれはと思っちゃうんだけど、それに怒らない国民というのはなんだろうか。
一人ひとりのとらえ方が弱いからなのか。世論が弱いから、国会議員もちゃんと突っ込まないのだろうか」
「基地外住宅の急増は、『良き隣人』政策の一環ではないかという気がする。
増え初めたのが、『良き隣人』政策が強調された頃と一致する。
思いやり予算で建てた基地内の住宅の2割が空き室という。
『その2割は修繕などで使えない状態』と彼らは説明するが」
「基地内の住宅が棟ごとガラ空きだというのは、新聞でもルポが出ている」
「沖縄からの発信が不明瞭になっている。本土からは『結局どうなの』と値踏みされている」
「男性はとくに、企業や組織にがんじがらめになっていて、
沖縄が抱えている問題について考えたり、発言したりすることができない」
「若い人たちにとっては、生まれたときから基地がある。
大人になってから、『どうだ』と是非を問われてもピンとこない事情がある」
「とはいっても、砂辺のような基地外住宅は、そもそも見たことがない人が多いはず。
今まで知っている米軍よりも断然バージョンアップしている実態がある。
一方で、弱者の切り捨ては沖縄でもどんどん進んでいる。
高齢者医療は前から切捨てが進み、障害者自立支援法も導入され、後期高齢者医療制度にまで至った。
『思いやり予算』の一方で、『思いやられない人たち』が増え、対比がはっきりしつつある」
「沖縄の中の貧困や格差の拡大については、まだまだ新聞などの関心も弱い。
基地で儲ける人と基地の被害を受ける人が別だという言い方は、ある面で正しい部分がある。
基地のお陰で県民全体が飯が食えている、という運命共同体みたいな言い方はとんでもないいんちきだ」
「基地外住宅でも、古いタイプのいわゆる『外人住宅』は主に零細な家主や業者が扱っていたが、今増えているゴージャスな住宅は主に大手の業者、場合によっては本土のデベロッパーがつくっている。
業界団体も新旧二つに分かれている。大手のグループの方が今、基地外住宅を守るために躍起になっている」
「貧困に過ぎることで、貧困に向き合うパワーがなくなっているという問題がある。
だから、言われたまま『基地のお陰で』となる」
「まやかし、洗脳のたぐいだと思う」
「沖縄の中で格差は明確にある。1000万円以上の車をポンと買う層の一方で、10数万円の給料をやっと稼ぐ層がいる。
経営者の中にも、自分はすごく儲かっているのに、よその給料が低いからといって自社の給料も低く抑えている人がいる。
お陰でマンパワーが低下している。転職が多いのに、人材開発にもお金をかけない。
人をつくる感覚が乏しい。負の連鎖が起こっている」
5月の例会はGW最終日の6日、外国人向け住宅が急増している北谷町砂辺区を見てみようという企画として行われました。
前回3月にも嘉手納基地から砂辺にかけて歩いたわけですが、あらためて砂辺を集中的に見て回ることで、民間地域に軍人・軍属の家族住宅が乱立することが地域にどんな変化をもたらしているのかをじっくり考えてみたいという狙いです。
午後2時、砂辺公民館に集合した参加者は、子どもを含め24人。
砂辺区自治会長の松田正二さんの案内でウオーク開始です。
住居表示の上では砂辺地区の隣となる浜川地区と、宮城地区の一部も砂辺区自治会の範囲にあたり、この中に「日本人」の住民900世帯余りが暮らしているそうです。
町が4月に公表した独自調査の結果では、砂辺区の外国人向け住宅は約600戸。
松田さんによると現在新たに300戸前後が建設中・建設予定で、じきに「日本人」住民と「外国人」住民の数が拮抗する日が来るのではないかといいます。
昨年3月、米軍属の家族の少年がマンションから通行人を空気銃で狙撃する事件が起きた現場を通り過ぎます。さらに進んで浜川地区へ。
コンクリート建て平屋で、かつて外国人向け住宅だった名残をハウスナンバーに残す家屋が並んでいますが、今は主に沖縄の住民が住んでいます。
そこから宮城地区の海岸沿いを北上。最初のうちは築年数の比較的古そうな外国人向けマンションが並んでいました。駐車している車は「Yナンバー」だけではなく、ダイビングショップや居酒屋、ゲストハウスなども入っているところをみると、この辺は日米混在みたいな状況なのかと思います。
美味しいと名高いそば屋「浜屋」を過ぎた辺りから、マンションが新しく、かつ大きくなってきました。下駄ばきの駐車場に停めてある車も、もっぱら「Yナンバー」ばかりです。
松田さんが知る範囲で最も高い家賃は、1フロアで月43万円。たしかに、駐車場の仕切りを見ると、1フロアに1室ないし2室というつくり方がかなりあります。
海岸を離れ、住宅地内へ入ってゆくと、庭付き3階の戸建の列、さらには庭付き4階の戸建の列が並んでいます。米国の暦では6日は平日のため、住宅の周辺に人はまばらでしたが、それでも親子連れなど何人かの外国人と思われる住民がいました。
「Looking for a single house? Give us a call(戸建住宅をお探し?お電話ください)」と書かれた不動産業者の看板もあります。手広く外国人向け住宅を扱っている別の不動産業者の車ともすれ違いました。連絡先を記している不動産業者の大方は、北谷町内を中心とした中部に事務所を置いている業者です。
戸建の住宅街はまだ続きます。中には、玄関先に住所を表示する際、「Seaside Avenue○○(何番地)」のように通りの名前までつけてしまっている一角もあります。「これで郵便も届くはず」と松田さん。最近、「Yナンバー」車の車庫登録がほとんどされていないことが新聞紙上などで問題化していますが、やはり路上駐車している「Yナンバー」車があります。
そこから砂辺地区の北側にある馬場公園へ。
公園の前には、砂辺区自治会が設置した「砂辺区にもう基地外基地はいりません No More Sunabe Airbase」の看板が掲げられています。
親子連れが大勢遊んでいる公園の斜め向かいには、カーモーテルがあります。つくる時点での地元への説明は「ビジネスホテル」だったそうです。かつて婦女暴行的な事件が起きたともいいます。
馬場公園のはずれには、沖縄戦で米軍の上陸地点となったことを記すモニュメントがあります。
「この一帯から読谷にかけてが上陸地点だった。海がすべて船、軍艦で埋まっていたそうです」と松田さん。
沖縄を攻略する起点となった場所に、戦後60年以上を経て、新たにキャンプ(野営地)がつくられている感があります。振り向くと、民謡「砂辺の浜」にも歌われた風光明媚な砂辺ビーチで、大潮のこの日は多くの親子連れがイノーに繰り出していました。
浜の真ん前に、8階建ての外国人向けマンション2棟ができています。ほぼ完成した状態で、6月には募集・入居が始まるそうです。125世帯が入れる2棟のマンションの後方には、戸建の外国人向け住宅152戸の建設が計画されています。工事現場の前に小さく張られていた告知文を見つけて、先月なぜか美浜で開かれた「説明会」に参加できたのは、松田さんと共産党町議と県外のカメラマンの3人だけだといいます。
「ここが全部できれば、朝の出勤時には新たに277台の車が地区内を通過することになり、激しい渋滞が起きる。開発にあたっての環境調査もしておらず、排水がどこにながれるのか不明。区民憩いの浜辺が軍人・軍属の家族用のプライベートビーチになってしまう」と松田さん。
「夜中にパーティーをやって騒ぐ外国人もいる。米軍は文化の違いを教育していない。彼らはけっして良い隣人ではない。悪しき隣人です」と語る松田さんの後ろを、犬を連れた外国人の親子連れが通り過ぎていきます。すれ違うことはあっても、交わることのない関係が、狭い地区の中に並存している状況。交われば改善するわけでもないところが、問題をより難しくしています。
ウオークの間中、かなりの頻度で米軍機が上空を飛んでいましたが、砂辺ビーチに着いた頃がちょうど夕方の帰還の時刻だったため、F15と思われる戦闘機や輸送機が数分おきに着陸態勢に入り、低空で向かってきます。
潮が引いたイノーを嘉手納基地の誘導灯近くまで歩き、公民館に戻る道すがら、爆音に耐えかねて立ち退いた住宅の跡地が点在する様子に、砂辺での生活の過酷さを思いました。
公民館に戻って、もう少し松田さんの話を聞きました。
「爆音から逃れようと土地を売って地区を出ていく住民の心情には本当に切ないものがある。
親の代からの土地であっても嫁や子どもたちが耐えられなければ、出て行かざるをえない。
住み続けるには慣れないといけないが、慣れるというのは病気になることでもある。
県内でも最も爆音が激しい砂辺からは、実は爆音への苦情が少ない。
何十年の間に慣らされてしまっている。言っても変わらないと思っている。風土病のようなものだ。
その分だけ、国も県も砂辺のことを顧みなくて済む。忍耐、我慢の繰り返し。それを脱皮するには、
ものを言わないと始まらない。まず動くことが大切だ。区が動けば町が動く、三連協が動く、県が動く。
まず一歩を踏み出すことだ。基地反対運動とは言っていない。イデオロギーで言っているのでもない。
権利を主張しているだけだ」
「基地外住宅の住人は、区費も払わない。チリを出す費用も町負担だ。本当にひどすぎる。
今後さらに基地外住宅が増えていけば、砂辺区民が巻き込まれる事件や事故が必ず起きる。
公害であることははっきりしているのに、誰もはっきり言わない。
昔からの外国人向け住宅の家主や業者にとっても、実は現在の急増はマイナス。
基地外に住むアメリカ人は、古い家よりは新しい家に入りたがるわけだから死活問題のはずだ」
ウオーク終了後、和風喫茶「宇」に場所を移して、懇親会をしました。
発言の流れに沿って、ごく簡単に再現すると、以下のような感じです。
「米軍には軍人向けと軍属向けの大きく2本立てで住宅手当の制度がある。
沖縄の軍属向けの住宅手当は、2000年代に入って異常に高くなった。
米国防総省と米国務省の予算で在日米軍の基地外居住用に年間200億円から300億円は出ていないといけない計算になるが、果たして出ているのか。
出ていないとすれば、思いやり予算などから流用している可能性がある」
「松田さんの話で、(住民が爆音に)慣らされている、というのが印象的だった。
そういう状況をどうしたらいいのか」
「20年ほど前に外国人向け住宅を借りたときは、安くて広いというイメージだった。
それが、すごく贅沢なものに変わって急増している。慣れ親しんでいるつもりでいた沖縄の地域が、
どうしてこんなに別のものに変わってしまったのかということに、猛烈な違和感がある」
「参加できてうれしい。沖縄がこんなに変わっているんだ、と衝撃を受けた。
外国に来たのかと勘違いした。戸惑った」
「あそこに住んでいるアメリカ人たちに、沖縄の人たちがこの事態をどう考えているのかということが通じていないのではないかと感じた」
「外国人向け住宅がこれほど増えている実態を知らない人が多いのではないか。
あきらめたら終わりと実感した」
「地元では不動産業者も含め、住宅手当は思いやり予算から出ているというのが共通認識。
政府の答弁とギャップがある」
「民間地域が米軍に侵食されている感じがした。異様な空気だと思った」
「私が話を聞いた人たちは業者を含めてみな、住宅手当は思いやりから予算出ていると断言している。
これほど高額の住宅手当の出所は、沖縄の人間がもっと追及しなければいけない。
不動産を扱っている業者自身が、これほどの贅沢はおかしいと言っていた。
疑問を持っている人は当事者にもいる。議会も動かして追及すべきだ」
「地域が歪んできていることが怖い。文化の違いが大きい。
アメリカ人の文化が砂辺の文化を侵食していることの問題が大きいと思った。
2月の女性集会で、高里鈴代さんが『基地の液状化』という表現をしたが、たしかに目に見えるものだけでなく、
私たちの精神が米軍と基地に蝕まれてきているのではないか、と感じている。
そういう問題は、訴えにくいけれど、私なんかはそれに一番危機感を持つ。
どう伝えていいのか分からないけれど、表現の仕方を探してゆきたい」
「一番感じたのは、怖いなあ、ということ。マンションができたら、あの海はどうなるのか。
松田さんは彼らがドンちゃん騒ぎをするのではと言っていたが。
沖縄であって沖縄でないような恐怖感でいっぱいでした。
そういう環境になっていきそうな沖縄を見たのが、怖かった」
「ペンションみたいな建物がいっぱい並んでいて驚いた。
あれが本当に必要なのかと疑問に思った」
「去年、初めて砂辺に来てみて衝撃を受けた。
ネオキの会のようなものがあったらいいなあと思っていたので参加した」
「松田さんから話を聞いて、地元の苦悩はこれほどかと改めて知った。
もっと知らせていかないといけない。
沖縄がどういう状況になっているのか、どうしたらいいのか関心があるけれども、
いろいろな運動なんかには参加したことのない人たちのために、ネオキの会が『玄関』になれればいいと思っている」
「『基地の液状化』という話が出たが、目先のお金に飛びついてしまうという最近のあり方は、いつからそうなったのか。
本来は沖縄の人はそうではなかったはず。というのは母がいつも言っていた」
「基地外住宅の急増が5~6年前からだという。そうすると、9・11の後に増えているということ。
うがって見れば、米国内でも若者が兵隊になりたがらないで困っているので、戦地に送るために、その前に沖縄に来る魅力として、豪華な住宅をおいしい材料として与えるという発想があるのではないか。
住宅手当を誰が引き上げたのかを追及すべきだ。不動産業者の側が値段を上げたのが先なのか、政治が先に手当を上げたのか。
私は米兵が悪いわけでも不動産業者が悪いわけでもなくて、制度そのものに問題があると思っている」
「思いやり予算で米軍に厚遇しているなどという話も、私の世代では身近な問題としてとらえられない傾向があるように感じる。
なんとなく軍隊は前からそこにいるし、米軍がいるから経済も成り立つみたいに素朴に考えて終わってしまう、みたいな」
「海兵隊のグアム移転で、1戸7000万円の住宅をつくると。
私なんかは、なんだそれはと思っちゃうんだけど、それに怒らない国民というのはなんだろうか。
一人ひとりのとらえ方が弱いからなのか。世論が弱いから、国会議員もちゃんと突っ込まないのだろうか」
「基地外住宅の急増は、『良き隣人』政策の一環ではないかという気がする。
増え初めたのが、『良き隣人』政策が強調された頃と一致する。
思いやり予算で建てた基地内の住宅の2割が空き室という。
『その2割は修繕などで使えない状態』と彼らは説明するが」
「基地内の住宅が棟ごとガラ空きだというのは、新聞でもルポが出ている」
「沖縄からの発信が不明瞭になっている。本土からは『結局どうなの』と値踏みされている」
「男性はとくに、企業や組織にがんじがらめになっていて、
沖縄が抱えている問題について考えたり、発言したりすることができない」
「若い人たちにとっては、生まれたときから基地がある。
大人になってから、『どうだ』と是非を問われてもピンとこない事情がある」
「とはいっても、砂辺のような基地外住宅は、そもそも見たことがない人が多いはず。
今まで知っている米軍よりも断然バージョンアップしている実態がある。
一方で、弱者の切り捨ては沖縄でもどんどん進んでいる。
高齢者医療は前から切捨てが進み、障害者自立支援法も導入され、後期高齢者医療制度にまで至った。
『思いやり予算』の一方で、『思いやられない人たち』が増え、対比がはっきりしつつある」
「沖縄の中の貧困や格差の拡大については、まだまだ新聞などの関心も弱い。
基地で儲ける人と基地の被害を受ける人が別だという言い方は、ある面で正しい部分がある。
基地のお陰で県民全体が飯が食えている、という運命共同体みたいな言い方はとんでもないいんちきだ」
「基地外住宅でも、古いタイプのいわゆる『外人住宅』は主に零細な家主や業者が扱っていたが、今増えているゴージャスな住宅は主に大手の業者、場合によっては本土のデベロッパーがつくっている。
業界団体も新旧二つに分かれている。大手のグループの方が今、基地外住宅を守るために躍起になっている」
「貧困に過ぎることで、貧困に向き合うパワーがなくなっているという問題がある。
だから、言われたまま『基地のお陰で』となる」
「まやかし、洗脳のたぐいだと思う」
「沖縄の中で格差は明確にある。1000万円以上の車をポンと買う層の一方で、10数万円の給料をやっと稼ぐ層がいる。
経営者の中にも、自分はすごく儲かっているのに、よその給料が低いからといって自社の給料も低く抑えている人がいる。
お陰でマンパワーが低下している。転職が多いのに、人材開発にもお金をかけない。
人をつくる感覚が乏しい。負の連鎖が起こっている」











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